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卒業レーン開始します(佐合)

みなさんこんにちは。経済学部4年の佐合です。

いよいよ卒業レーンということで、そのトップバッターをつとめさせていただきます。


僕の陸上部としての人生は高校生から始まりました。小中学校ではサッカーをしていましたが、中学校で出場した駅伝をきっかけに長距離走を専門にすることを決意。こじんまりとした少人数の部活でしたが、充実していました。初心者だったのもあり、大会に出れば出るほど記録を更新することができ、人数も少なかったのでありがたいことに1年生から駅伝にも出してもらえました。


大学に進んでからは正直陸上を続けるかは迷っていました。実際、最初の山の上の見学の後にはついていく自信がなくて入部はやめておこうと思い、何人かの先輩に入部はしない旨の連絡をしました。しかし、そこで僕を引き留めてくれたのが偉大なる先輩、たけひろさんでした。山の上がきつそうなら、ということで名市練だけでの参加を提案して頂き、その形での入部が決まりました。彼がいなければ今この場に陸上部としての僕はいなかったでしょう。

そうして名市大陸上部の一員となった僕は、同じように名市練だけの仲間達、通称「山の下陸上部」と共に練習を行ってきました。山の下だからといって手を抜かないということを目標に名市練含めて週3回程度集まって活動し、大会にももちろん参加しました。最後に出場した2年生のときの27大戦もまだ記憶に新しいです。

そして忘れてはいけないのが2年生の冬に出場した瀬戸近郊駅伝です。これまた偉大なる先輩である朝井さんとゆいとさんに誘って頂き、同期の新谷と一緒に4人で出場しました。やっぱり駅伝は楽しいです。僕が陸上を始めたきっかけですし、普段個人競技の選手達が一丸となるこの感じがたまりません。僕自身としても良い思い出になりましたし、名市大として初めて駅伝に出場する(らしい)という名市大陸上部史に残る出来事となりました。と同時に、これが僕の最後に出場した大会となりました。


思えばコロナ禍が始まってからのこの2年間はほとんど家の周りを走っていました。みんなで走って、部活の後は駄弁って、その後はラーメンを食べに行って、そんな日常も非日常になってしまいました。こんな感傷も皆がコロナ禍で経験したありふれたものですが…


結局1年生とは顔を合わせることもありませんでしたね。最後の思い出にと出場を予定していた2つの駅伝もメンバーがコロナにかかってしまい出場を断念することになりました。でもしょうがないことです。誰が悪いとかではなく、コロナが悪い。

来年、再来年とどうなっているかは分かりませんが、必ずリベンジは果たします。もう一度陸上部の仲間たちと走りたいと思っています。また来年の冬になったら駅伝の誘いをかけると思います。僕からかもしれないし他の誰かかもしれないです。どちらにせよそのときには一緒に走ってくれるとうれしいです。


最後に後輩へメッセージを。

1、2年生のみんな、あまり部活に顔をだせなくてごめんね。本当は俺達が率先して飯おごってあげたりとかしなきゃだったけどできませんでした。入学したときからずっとこういう状況ですが、また名市大陸上部としての活動を目にするのを楽しみにしています。西垣くん、尾崎くんは駅伝出るって言ってくれてありがとう。またいつか必ず一緒に走りましょう。

そして3年生のみんな、藤井以外の先輩がふがいなくてごめんね。みんなは俺達のことを反面教師にして、たくさん後輩にかまってあげたり部活に顔をだしたりしてあげるといいと思います。


次はマジでどこで何をしているのか分からない得体の知れない人間、あみに回します。


それでは!またどこかで会いましょう!